梨木香歩『海うそ』(岩波現代文庫)

南九州の“遅島”は、嘗て西の修験道の本拠地として知られていた。その修験道は、その伝統ともろとも、忽然と姿を消す(廃仏毀釈のためだろうか)。…「私」の主任教授は、この島の調査を行っていた。だが、その調査も中途で放棄されたままだった。今、「私」は、一人、この島で聞き書きをおこなっている。木々のざわめき、虫の泣き声、鳥のさえずりに耳を澄ます。…土地の青年と野山を歩き、その大きな自然の中で、夜を過ごさねばならないこともあった。…五十年後、年を重ねた「私」は、再び島を訪れる。変わりはてた島を見る。…井坂洋子と山内志郎が文章を寄せている。修験道の基本目標は何か。人間の存在をはるかに超えた自然のなかにわけ入り、その中で過ごす時間と出来事によって、人間の生命の根本を再生させる、とは言えないか。宗教の本質に触れる感覚を齎す小説だ。