『リア王』(野島秀勝訳、岩波文庫)

リア王』を再読した。物語がいい。老いさらばえた王はすべてを失い、嵐の荒野を彷徨う。狂気が前面に出てきたり、後ろに下がったりする。狂気と正気のサイクルは非常に短いのだ。そして善人も悪人もどんどん気持ちよく死んでゆく。ただ一人まごころある娘コーディリアもさらりと殺されてしまうのだ。悲劇をあざ笑うかのように。生命はとても軽い。卑猥な喩えの頻出は、上品で高級な文化への攻撃か。いいぞシェイクスピア先生!正直であることの人間性の大欠点とか、もはやわが平安は墓にしかない、とか劇からとりだしても充分に通用するシェイクスピアの章句を味わう楽しみも無論ある。…スーザン・ソンタグは、シェイクスピアを深く愛するが、シェイクスピアについては何も書けないのだと、どこかで言っていた。分かるような気がする。