2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧

1987年、南イングランドの大暴風雨

北京は、冬の寒さは厳しいが天災地変がないので長らく都であったのだ、と聞いた。2011年の東日本大震災のときは、英国には、天災という天災がなく、穏やかなところだと聞かされ、彼此の違いに不思議な感覚を覚えた。だが、英国には猛烈な嵐(テンペスト)があ…

ソナーニ・デラニヤガラ『波』(佐藤澄子訳、新潮社)

「津波・高波という言葉は私には意味がない」と著者は言う。苛烈な出来事が、通常の言葉を破壊する。「海が入ってきた」と著者は書きだすのだ。2004年12月、スマトラ沖地震で一度に家族(夫、二人の子供、両親)を失う。どうして自分だけが生き残ってしまったの…

W. G. ゼーバルト『目眩まし』(鈴木仁子訳、白水社)

どうもこの作家は、ある作家の文章に追記したり再構成したりして小説にしてしまうようである。とても惹かれる。一番目は、ナポレオン・ボナパルトのアルプス越えを同行取材したスタンダールの旅の再構成だ。二番目は、フランツ・カフカのヴィーンへの出張とイ…

兼好『徒然草』(島内裕子校訂・訳、ちくま学芸文庫)

日記を書きためていた人が、死んでいくとき、それをよく焼き捨てる。それはどうしてなのだろう。分かるようだが、うまく説明できない。『徒然草』第二十九段で、兼好は「人静まりて後、長き夜の遊びに…」もう処分しようと反古などをひっくりかえし見ていると…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラヴェル』2

Natalie Zemon Davis, Trickster Travels: A Sixteenth-Century Muslim Between Worlds (2006)についてのノート 1518年夏、アルワッザーンは、チュニス沖でキリスト教徒の海賊に捕らわれる。彼は、トリポリで調べをうけたあと、彼の並々ならぬ知識・情報が高…

W. G. ゼーバルト『カンポ・サント』(鈴木仁子訳、白水社)

コルシカ島への旅で始まる。コルシカ島については、ナポレオン・ボナパルトの生地であることしか知らない、と書いている。本当だろうか。ゼーバルトは、ナポレオンのアルプス越えから始まる小説を書いている。ナポレオンという歴史的に派手な人物とは裏腹に、…

ミルトン/TSL(タイムズ文芸付録)2017年12月8日号より

ミルトンの生きた時代(17世紀)に、『コーラン』の英訳がでて、それは当時のベストセラーだった(『コーラン』を当時読んでいたのは、カルロ・ギンズブルグ描くところのあの有名な粉屋だけではなかった)。ミルトンは間違いなく『コーラン』を読んでいたはずで…

オルダス・ハクスリー『知覚の扉』(河村錠一朗訳、平凡社ライブラリー)

幸福を求める人のための本は多い。しかし、それは土台ムリな話に思える。(それは、宝くじの売り場に行って、1億円当たる宝くじを1枚ください、というようなものだと、山内志郎が言っていた。) 幸福になるという問題設定が、そもそも成立しないとしても、知覚…

『リア王』(野島秀勝訳、岩波文庫)

『リア王』を再読した。物語がいい。老いさらばえた王はすべてを失い、嵐の荒野を彷徨う。狂気が前面に出てきたり、後ろに下がったりする。狂気と正気のサイクルは非常に短いのだ。そして善人も悪人もどんどん気持ちよく死んでゆく。ただ一人まごころある娘…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラヴェル』

Natalie Zemon Davis, Trickster Travels: A Sixteenth-Century Muslim Between Worlds (2006)についてのノート ラテン語名、レオ・アフリカヌス、通称アフリカ人ジャン・レオン、もともとはハサン・ブン・ムハマンド・アルワッザーン・アッザィヤーティと言う。…

ハイデガー『ヒューマニズムについて』(渡邊二郎訳、筑摩学芸文庫)

行為について、これまで徹底的に考察されたことはない。ただ、行為の結果が議論されてきたにすぎない。そうではなく、行為が存在の根本条件だと気付かねばならないのだ。存在にとっての行為の意味があきらかになれば、人間性の本質がもうすぐのところに近づ…