2019-01-01から1年間の記事一覧

藤澤清造『根津権現裏』(新潮文庫、原著1932年刊)を読む

『根津権現裏』を読み始める。面白い。このような私小説を読んでいると、私小説だけを読んでいたい、という気持ちになる(ゼーバルトの一人の感覚も悪くなかったが…)。もっと陰惨なものかと思っていたが、ある種、明るくすっこ抜けたところがある。 貧しい上…

ケン・ローチ監督の映画“家族を想うとき”を見る!

今評判になっている“家族を想うとき(Sorry We Missed You)、2017年”は、まったく首肯できない映画だった。映画監督の巧みさはある。魅力的な俳優を使い(特に母親役が、どこにでもいそうな普通の人でありながら不思議と魅力的だ)、観客が感情移入しやすいよう…

スーザン・ソンタグの伝記が出たらしい!

“ロンドン書評”(LRB、2019年10月24日号)で、スーザン・ソンタグの伝記 (Sontag: Her Life by BenjaminMoser)に関する書評 (James Wolcott筆)を読む。この伝記は、ソンタグの文学性、書いた文章への言及よりも、彼女の政治性-“パーチザンレヴュー”のスター、…

ドラクロワの“ライオン狩り”

“ロンドン書評”(LRB、2019年10月10日号)で、ドラクロワの“ライオン狩り”についてのエッセイを読んでいる。面白い。暴力とは何か、と問いかけてくる。ドラクロワは、暴力の美のすぐ傍らにいる、と。絵画の血の色彩は、怖れよりも、人を魅了する。人間存在と社…

エズラ・パウンドをめぐる二人の個性による往復書簡集; オーガスト・クレインザーラー(August Kleinzahler)

“ロンドン書評”(LRB、2019年10月10日号)で、エズラ・パウンドとモダニズムをめぐるエッセイを読む。モダニズムとパウンドにおける反ユダヤ主義の結びつきについて考えさせられた。また、文章が非常に洒脱で読ませる(語学力のみならず教養のレベルで半分も理解…

東浦奈良男『信念/一万日連続登山への挑戦』(山と渓谷社、2011年)を読み進む。

写真がいい。東浦氏の登山生活のスタイルが分かる。山登り道具は大方が廃品利用なのだ。それは、必要性なのか思想なのか。ホームレスとも見間違えるその装束に恥じない心が羨ましい。が、座右の銘は『徒然草』の兼好の言葉「一事を成さんと思はば、他の事の…

トランプはメチャクチャだが、米国の方が健全だ!

読まずに積み上がっていた“ロンドン書評”(LRB、2019年10月10日号)をぱらぱらめくる。まず、トランプのアメリカについての記事( エリオット・ウェインバーガー筆によるその記事は、“ひと夏のアメリカ”といった格調高いタイトルがついている)を読みだすとこれが…

関大徹『食えなんだら食うな』(ごま書房新社、2019)

仏教関連の本を読んでいる。仏教と言っても、ブッダの生涯や経典に関する本ではなく、現に行なわれている修行に関する本だ。修験道の本から初めて禅の本を今読んでいる。現代においては生臭坊主も少なくないと思うが、仏教諸派・諸寺で行われている行というの…

『ウソつきの構造・法と道徳のあいだ』角川新書、1919

久しぶりに中島道義の本を読む。なかなか厄介な問題を投げかけている。われわれの退廃の根本は何か。真実を、具合が悪いと覆い隠すことだ、あるいは別のこと(ウソ)を言うことだ、と。誠実(内面的な道徳意識)とは、どんな場合にも(親のためでも、組織の防衛、…

『太平記(一)』を読みつづける!

『太平記』がいい。 第五巻楠正成らの活躍にも関わらず、後醍醐天皇方は、鎌倉方の圧倒的な武力により鎮圧されてゆく。後醍醐天皇や息子(大東の宮)やらが流罪となり、側近も、護送の途次、切られたりしてゆく。それは、哀れを催す件なのだが、他方、鎌倉の北…

『太平記(一)』(兵藤裕己校注、岩波文庫)

おそるおそる『太平記』を読み始める。時々、注を見ながら、二度ぐらい読むと、大体理解できる。…分かることが嬉しい、というより面白い。たとえば、出産の祈祷を装い、倒幕の祈祷を続けたのだという。連日、内裏全部が護摩祈祷の煙に覆われた、と。おどろお…

実娘によるジャック・ラカンという父

“ロンドン・レビュー・オブ・ブックス”(6月20日号)のページをパラパラめくっていたら、ジャック・ラカンについての記事が目にとまった。何でも、ラカンの娘の回想記(シビル・ラカン『謎としての父』、原著1994年刊)の英訳が今回出版され、それについての書評エッ…

鴨長明『方丈記』(岩波文庫)

大火、大地震、飢饉といった災害の話が、これでもかこれどもかといった感じで綴られる。それら災害の話のなかに遷都(長岡京か)が入っているのが面白い(旧都は荒れ、新都はいまだ整わず)。それから、自分の来し方が語られる。父方の祖母のところで育つが、そ…

西村賢太 『藤澤淸造追影』(講談社文庫、2019)

つげ義春が、「私小説しか読む気がしない」と言っていたのを思い出す。私も、私小説が好きだ。私小説には、貧困、性欲、病苦、無学歴、独りよがりと劣等感がいっぱいつまっている。西村賢太の場合はそこに暴力が蠢く。それも正義の暴力でなく些か卑劣な暴力…

高野慎三『つげ義春を旅する』(ちくま文庫、原著1998年刊)

この本は、つげ義春の漫画の舞台を探し訪ねる本ではない。結果としてそうなってしまう場合もあるが(下町にメッキ工場を探訪する件など)、そうではなく、われわれにとってとても懐かしい風景を、つげ作品をヒントにして探し・訪ねる本なのだ(この本では、つげ…

『橋川文三著作集3/明治人とその時代』(筑摩書房1985年刊)

ようやく読み終える。かなりいい。やはり乃木希典を扱った文章が圧巻で、涙がでてきた。維新革命の後の内乱の時代を乃木はどう生きたのか。橋川は、ついこのあいだまで先輩や友人、革命の同志ですらあった者らと闘わなければならなかった乃木の苦渋に着目す…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラベル』7

7.アル・ワッザーンの沈黙歴史(学)は、想像するヒントを提示してもらえれば十分であって、あまり説明をしてもらいたくない、と思うことがしばしばである。そのような考えに似て、歴史(学)における沈黙が魅惑的に思える時がある。ナタリー・デーヴィスのこの…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラベル』6

6.トリックスターとしてのアル・ワッザーン アル・ワッザーンは、友人をむち打つ話と住みかを変えて税を免れる鳥の話を好んだ。友人をむち打つ話というのは、ある男がむち打ち刑の判決を受けるのだが、そのむち打ち刑の執行人が実は友人で、男は友人の執行人…

アシュヴァ・ゴーシャ『ブッダチャリタ』(梶山雄一、小林信彦、立川武蔵、御牧克己訳注、講談社学術文庫)

カニシカ王(2世紀)の時代に、バラモン教から仏教徒に改宗した学僧が、サンスクリット語で、ブッダの誕生から、遺骨の分配までを綴った。北伝系統の讃仏文学の傑作と言われる。後半部は、サンスクリット原文が失われているためチベット語訳からの翻訳と言う。…

兼好『徒然草』(島内裕子校訂・訳)

今回、兼好の『徒然草』を、通読してみて、大変に面白かった。兼好には、いろいろな側面があるけれども(歌詠みや、有職故実についての拘りなど)、私にとってとりわけ興味深かったのは、いわゆるコミュニケーションへの絶望(人は分かりあえない)と孤独を語っ…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラベル』5

Natalie Zemon Davis, Trickster Travels: A Sixteenth-Century Muslim Between Worlds (2006)についてのノート 5.近世初頭の北アフリカにおける宗教の閾を超える性的逸脱についてイスラム教の発生の地、西アラビアの言葉は、非アラブ圏の言葉と接触し変質…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラベル』4

Natalie Zemon Davis, Trickster Travels: A Sixteenth-Century Muslim Between Worlds (2006)についてのノート アル・ワッザーンは、アフリカについての草稿をチュニス沖での拿捕の際にも、肌身はなさず持っていた。アル・ワッザーンのイタリア在留時代は、気…

ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論第3巻』(今村仁司・三島憲一ほか訳、岩波現代文庫2003年刊)

ベンヤミンの本は、翻訳のあるものはひとおり全部読んだ。それで何が一番好きかというと、迷わずに『パサージュ論』だ。以前は、図書館で借りて読んだが、今回は第三巻を購入し、再読した。やはり素晴らしかった。読んでいて、何とも居心地がいい。無論、理…

クリフォード・トンプソン、“本を読め、あるホームレスの思い出”(タイムズ文芸付録、2018年1月12日号)

デリックという黒人のホームレスは、一風変わったところがあった。「本を読め」と通行人に呼びかけるのだった。もう何年もキーフード食料雑貨店のところに屯していて、時々言葉を交わした。無論、彼を友人だと思ったことはない。ニュージャージーの大学で法…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラヴェル』3.

Natalie Zemon Davis, Trickster Travels: A Sixteenth-Century Muslim Between Worlds (2006)についてのノート 1524年には、また異人が現れキリスト教徒とユダヤ人による反トルコ連合を提唱し、ローマの人々を騒がせた。ティルベ川の河口で、チュニジアの海…

ジェニー・フィルドマン、“グリーン・ライン、エルサレムから”(タイムズ文芸付録、2018年1月5日号)

読み切れないでたまっていたタイムズ文芸付録を拾い読みしていたらパレスチナの今を伝える文章に目が止まった形容詞を排した簡潔な文章そして世に喧伝されているクリシェとは異なるパレスチナの今の現実に触れられた思いがする風景や事物や歴史が そして引用…

前田耕作『バクトリア王国の興亡』(筑摩学芸文庫、原著1992年刊)

「歴史は夢想させる」というヴァレリーの言葉で始まる。扉のページには、バクトリアの工房で制作された青年像の写真があり、なぜ、その像が未完に終わっているのか、疑問をなげかけている。多くのオリエンタリストを虜にした中央アジアのギリシャ植民国家の…

1987年、南イングランドの大暴風雨

北京は、冬の寒さは厳しいが天災地変がないので長らく都であったのだ、と聞いた。2011年の東日本大震災のときは、英国には、天災という天災がなく、穏やかなところだと聞かされ、彼此の違いに不思議な感覚を覚えた。だが、英国には猛烈な嵐(テンペスト)があ…

ソナーニ・デラニヤガラ『波』(佐藤澄子訳、新潮社)

「津波・高波という言葉は私には意味がない」と著者は言う。苛烈な出来事が、通常の言葉を破壊する。「海が入ってきた」と著者は書きだすのだ。2004年12月、スマトラ沖地震で一度に家族(夫、二人の子供、両親)を失う。どうして自分だけが生き残ってしまったの…

W. G. ゼーバルト『目眩まし』(鈴木仁子訳、白水社)

どうもこの作家は、ある作家の文章に追記したり再構成したりして小説にしてしまうようである。とても惹かれる。一番目は、ナポレオン・ボナパルトのアルプス越えを同行取材したスタンダールの旅の再構成だ。二番目は、フランツ・カフカのヴィーンへの出張とイ…