ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論第5巻』 (今村仁司、三島憲一ほか訳、岩波現代文庫2003年刊)

ベンヤミンの著作は、日本語で読めるものは一応すべて読んだ。それで、ベンヤミンの本で今でも気になるのは何かというと『パサージュ論』で、それ以外の本は、理解が届かないのか、あまり読み返したい、とは思わない(『ドイツ悲劇の根源』は、ひどく難しいと…

永井均『哲おじさんと学くん』(岩波現代文庫)

学校の先生は、毎年2万人もの人が自殺している、対策を講じなけならないと言うけど、僕はそれを聞いて、そもそも人間はなぜみんな自殺しないのだろう、ということの方が気になってしまう。(永井均は時々このような幼稚とも言える、だがとても深い問いを発す…

カルロ・ギンズブルグ『ベナンダンティ』(竹山博英訳、せりか書房)

16~17世紀にわたって、北イタリア、フリウリ地方で“ベナンダンティ”と称する人々が、収穫の豊穣のために、魔女や魔法使いと、夜の戦いを行うのだった。歴史家は、異端審問所の調書を読み解き、“ベナンダンティ”の活動のいくつかの側面を明らかにしてゆく。 …

W. G. ゼーバルト『アウステリッツ』(鈴木仁子訳、2020年白水社刊)を読む

小説の書出しがいい。……六十年代、ベルギーや英国によく旅をした。半ば仕事、半ば目的の判然としない小旅行だった。アントワープの動物園を訪ねた。いろいろな動物の異様な姿に惹きつけられた。駅舎の待合室(“失われた歩みの間”と大仰な名で呼ばれる、本当だ…

『海事の第二次世界大戦海戦史』を読む4、EVAN MAUDSLEY: THE WAR FOR THE SEAS

4.日本帝国海軍の終焉近代戦において国を勝利に導く要因は何か。国の経済力か、国民・兵士の士気か、有能な軍事指導者か、はたまた運命のいたずらのような偶然、ないしは運・不運なのか。この本が重視するのは戦争の局面を有利に導く軍事戦術・武器類の革…

エヴァン・モウズリー『海事の第二次世界大戦史』を読む 3

真珠湾攻撃から山本五十六の死まで エヴァン・モウズリー『第二次世界大戦海戦史』を読み続ける。真珠湾攻撃からガダルカナル戦まで。日本の目もあてられない悲惨な戦いを読むことは耐え難いかとも思っていたが案外読める。連合国側も決して気安い戦いではな…

エヴァン・モウズリー『海事の第二次世界大戦史』、Evan Mawdsley, The War for the Seas: Maritime History of World War Ⅱ, Yale University Press in 2019

2.ナチスのノルウェーへの侵攻(1940年)とダンケルク撤収戦 いままでノルウェーのことを何も知らないできたが、この本を読むと、トロンヘイム、ベルゲン、ナルビクといった地名とともに、フィヨルド海岸の北の国の風景が目に浮かんでくる。何かの映画で見た…

エヴァン・モウズリー『海事の第二次世界大戦史』、Evan Mawdsley, The War for the Seas: Maritime History of World War Ⅱ, Yale University Press in 2019

1.読み始め 二葉亭四迷の言葉「文学は男子一生の事業にあらず」を思いだす。そのとき文学者は、男子一生の仕事をどう考えていたのだろう。「戦争と革命」というようなことを私は想像するのだが…。 この本、『海事の第二次世界大戦史』は、左派的な論調で知…

『木坂涼詩集』(現代詩文庫150、1997年思潮社)

現代詩を読んで久しぶりに感動した。つまらない人生だが(少なくとも私の生は…)、それを大事に扱うのが詩だ。「シーツを/ぴんとはろうとして/手をのばしていって/しわをだしてしまうように/田んぼの水を/風が/押してゆく」あるいは「ゴミの袋を/さげた人が黙…

ドストエフスキー『罪と罰』(亀山郁夫訳、光文社文庫、原作初出1866年)

ドストエフスキー『罪と罰』を、また読み始める。今度は、最後まで読み通そう。 『罪と罰』を読み続ける。つまらなくないが、私はかなりの程度、小説好きではなく、エッセイの方を好むのかも知れない、と思い始めている。 『罪と罰』、面白い。次々に出来事…

エリザベス・ストラウト『オリーブ・キタリッジの生活』(小川高義、早川書房、原著2008年刊)

これはなかなか素敵な小説なのだ。主人公のキタリッジという名前もいい。(実は、この小説を読んでみようと思ったのは、このキタリッジという名前(どこに根を持つ名前だろう)に惹かれたからかも知れない。アメリカ東部、ニューイングランドの海岸町クロズビー…

岩鼻通明『出羽三山』(岩波新書、2017)を読む!

多くの日本人の根にある山岳信仰のひとつの姿を辿る!かくも豊かな信仰の姿、陰影ある文化が、近代化の圧力のもとで命脈を絶たれかけていた。この本は、どうにか生き永らえた出羽三山の山岳信仰について、その活動(修験道)、古い記録(芭蕉や出羽三山詣でをし…

藤澤清造『根津権現裏』(新潮文庫、原著1932年刊)を読む

『根津権現裏』を読み始める。面白い。このような私小説を読んでいると、私小説だけを読んでいたい、という気持ちになる(ゼーバルトの一人の感覚も悪くなかったが…)。もっと陰惨なものかと思っていたが、ある種、明るくすっこ抜けたところがある。 貧しい上…

ケン・ローチ監督の映画“家族を想うとき”を見る!

今評判になっている“家族を想うとき(Sorry We Missed You)、2017年”は、まったく首肯できない映画だった。映画監督の巧みさはある。魅力的な俳優を使い(特に母親役が、どこにでもいそうな普通の人でありながら不思議と魅力的だ)、観客が感情移入しやすいよう…

スーザン・ソンタグの伝記が出たらしい!

“ロンドン書評”(LRB、2019年10月24日号)で、スーザン・ソンタグの伝記 (Sontag: Her Life by BenjaminMoser)に関する書評 (James Wolcott筆)を読む。この伝記は、ソンタグの文学性、書いた文章への言及よりも、彼女の政治性-“パーチザンレヴュー”のスター、…

ドラクロワの“ライオン狩り”

“ロンドン書評”(LRB、2019年10月10日号)で、ドラクロワの“ライオン狩り”についてのエッセイを読んでいる。面白い。暴力とは何か、と問いかけてくる。ドラクロワは、暴力の美のすぐ傍らにいる、と。絵画の血の色彩は、怖れよりも、人を魅了する。人間存在と社…

エズラ・パウンドをめぐる二人の個性による往復書簡集; オーガスト・クレインザーラー(August Kleinzahler)

“ロンドン書評”(LRB、2019年10月10日号)で、エズラ・パウンドとモダニズムをめぐるエッセイを読む。モダニズムとパウンドにおける反ユダヤ主義の結びつきについて考えさせられた。また、文章が非常に洒脱で読ませる(語学力のみならず教養のレベルで半分も理解…

東浦奈良男『信念/一万日連続登山への挑戦』(山と渓谷社、2011年)を読み進む。

写真がいい。東浦氏の登山生活のスタイルが分かる。山登り道具は大方が廃品利用なのだ。それは、必要性なのか思想なのか。ホームレスとも見間違えるその装束に恥じない心が羨ましい。が、座右の銘は『徒然草』の兼好の言葉「一事を成さんと思はば、他の事の…

トランプはメチャクチャだが、米国の方が健全だ!

読まずに積み上がっていた“ロンドン書評”(LRB、2019年10月10日号)をぱらぱらめくる。まず、トランプのアメリカについての記事( エリオット・ウェインバーガー筆によるその記事は、“ひと夏のアメリカ”といった格調高いタイトルがついている)を読みだすとこれが…

関大徹『食えなんだら食うな』(ごま書房新社、2019)

仏教関連の本を読んでいる。仏教と言っても、ブッダの生涯や経典に関する本ではなく、現に行なわれている修行に関する本だ。修験道の本から初めて禅の本を今読んでいる。現代においては生臭坊主も少なくないと思うが、仏教諸派・諸寺で行われている行というの…

『ウソつきの構造・法と道徳のあいだ』角川新書、1919

久しぶりに中島道義の本を読む。なかなか厄介な問題を投げかけている。われわれの退廃の根本は何か。真実を、具合が悪いと覆い隠すことだ、あるいは別のこと(ウソ)を言うことだ、と。誠実(内面的な道徳意識)とは、どんな場合にも(親のためでも、組織の防衛、…

『太平記(一)』を読みつづける!

『太平記』がいい。 第五巻楠正成らの活躍にも関わらず、後醍醐天皇方は、鎌倉方の圧倒的な武力により鎮圧されてゆく。後醍醐天皇や息子(大東の宮)やらが流罪となり、側近も、護送の途次、切られたりしてゆく。それは、哀れを催す件なのだが、他方、鎌倉の北…

『太平記(一)』(兵藤裕己校注、岩波文庫)

おそるおそる『太平記』を読み始める。時々、注を見ながら、二度ぐらい読むと、大体理解できる。…分かることが嬉しい、というより面白い。たとえば、出産の祈祷を装い、倒幕の祈祷を続けたのだという。連日、内裏全部が護摩祈祷の煙に覆われた、と。おどろお…

実娘によるジャック・ラカンという父

“ロンドン・レビュー・オブ・ブックス”(6月20日号)のページをパラパラめくっていたら、ジャック・ラカンについての記事が目にとまった。何でも、ラカンの娘の回想記(シビル・ラカン『謎としての父』、原著1994年刊)の英訳が今回出版され、それについての書評エッ…

鴨長明『方丈記』(岩波文庫)

大火、大地震、飢饉といった災害の話が、これでもかこれどもかといった感じで綴られる。それら災害の話のなかに遷都(長岡京か)が入っているのが面白い(旧都は荒れ、新都はいまだ整わず)。それから、自分の来し方が語られる。父方の祖母のところで育つが、そ…

西村賢太 『藤澤淸造追影』(講談社文庫、2019)

つげ義春が、「私小説しか読む気がしない」と言っていたのを思い出す。私も、私小説が好きだ。私小説には、貧困、性欲、病苦、無学歴、独りよがりと劣等感がいっぱいつまっている。西村賢太の場合はそこに暴力が蠢く。それも正義の暴力でなく些か卑劣な暴力…

高野慎三『つげ義春を旅する』(ちくま文庫、原著1998年刊)

この本は、つげ義春の漫画の舞台を探し訪ねる本ではない。結果としてそうなってしまう場合もあるが(下町にメッキ工場を探訪する件など)、そうではなく、われわれにとってとても懐かしい風景を、つげ作品をヒントにして探し・訪ねる本なのだ(この本では、つげ…

『橋川文三著作集3/明治人とその時代』(筑摩書房1985年刊)

ようやく読み終える。かなりいい。やはり乃木希典を扱った文章が圧巻で、涙がでてきた。維新革命の後の内乱の時代を乃木はどう生きたのか。橋川は、ついこのあいだまで先輩や友人、革命の同志ですらあった者らと闘わなければならなかった乃木の苦渋に着目す…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラベル』7

7.アル・ワッザーンの沈黙歴史(学)は、想像するヒントを提示してもらえれば十分であって、あまり説明をしてもらいたくない、と思うことがしばしばである。そのような考えに似て、歴史(学)における沈黙が魅惑的に思える時がある。ナタリー・デーヴィスのこの…

レオ・アフリカヌスあるいは『トリックスター・トラベル』6

6.トリックスターとしてのアル・ワッザーン アル・ワッザーンは、友人をむち打つ話と住みかを変えて税を免れる鳥の話を好んだ。友人をむち打つ話というのは、ある男がむち打ち刑の判決を受けるのだが、そのむち打ち刑の執行人が実は友人で、男は友人の執行人…