『橋川文三著作集3/明治人とその時代』(筑摩書房1985年刊)

ようやく読み終える。かなりいい。やはり乃木希典を扱った文章が圧巻で、涙がでてきた。維新革命の後の内乱の時代を乃木はどう生きたのか。橋川は、ついこのあいだまで先輩や友人、革命の同志ですらあった者らと闘わなければならなかった乃木の苦渋に着目する。そうであったのかも知れない。だが、“殉死”に際して、乃木は遺書で、西南戦争における軍旗喪失に触れるのみなのだ。以降死に場所を求めて生きた、と。乃木には、維新の理念には案外無頓着で、明治大帝に対する忠義心がまさり、嘗ての先輩・友人と闘うことができた、思想的にはきわめて凡庸な人物であったかも知れない、という考えが頭をよぎる。
橋川文三のエッセイは、たとえばその乃木希典にかんする文章でも、乃木希典のごく一部しか語っていない。もっと詳しく乃木希典について知りたいと思う。だが、橋川のエッセイが素晴らしいのは、与えられる情報量ではなく、いろいろと乃木のことを想像したくなる、シンボリックな物言いなのである。