エリザベス・ストラウト『オリーブ・キタリッジの生活』(小川高義、早川書房、原著2008年刊)

これはなかなか素敵な小説なのだ。主人公のキタリッジという名前もいい。(実は、この小説を読んでみようと思ったのは、このキタリッジという名前(どこに根を持つ名前だろう)に惹かれたからかも知れない。
アメリカ東部、ニューイングランドの海岸町クロズビーは、静かな小さな町である。主人公のオリーブ・キタリッジは、街の高校の数学教師である(であった)。しかし、この小説中に数学に纏わる話は一切でてこない。そして、皆が彼女を良く思っているわけではない。彼女は、どうもかなり肥満しているようだが、今さら、食べる楽しみを制限したい、とは思わない女なのだ。(ちなみに携帯電話も持たない。)
はじめは、こんなに次々事件が起きるのだろうかと違和感を感じた。が、進むにつれて、物語のなかにひき込まれていった。それにしても、どんどん人々が死んでゆく。薬局で働く若い子のダンナは、猟にいって事故死し、オリーブに淡い恋心を再燃させた学校の同僚は、車を暴走させ事故死する。人の好い(オリーブの辛辣な言い方が面白い)夫のヘンリーも脳溢血で倒れたあと死んでゆく。それに、オリーブの父親は自死したのだ。エリザベス・ストラウトという小説家は、想像の人殺しか。……確かそうに見える日常は、ちょっとしたことがきっかけで崩れ去ってゆく。そして、クロズビーに留め置かれている人々と、流れ流れてゆく人々(駆け落ちしていく娘や伴侶と彷徨い行く息子)の交感のようなものが小説の核心になっている。
この小説は、老人の我儘と癇癪を肯定し、歌い上げ、若者の流離を描く。しんみりと、人生の少しの幸せと、いっぱいの寂しさを味あわせてくれる。